杵原学校沿革

昭和24年
(1949)
八月竣工使用開始。神社林の神木を売り、婦人会は兎を飼育して資金を作った。敷地の大半は無償提供され、村民は藁・竹・縄を提供し勤労奉仕につとめ、生徒も資材を運搬するなど村人による手作りの学校であった。当初は体育館・プール・特別教室がなかった。
昭和25年
(1950)
校内放送設備完成、図書館設置、田中平八郎氏(山本出身)よりピアノが寄贈される。
昭和26年
(1951)
校門・プール完成、味噌汁給食開始。プールは深田地籍より横穴を掘り、鉄管で引水し用水する。
昭和32年
(1957)
体育館竣工、山本村が飯田市に合併。
昭和60年
(1985)
伊賀良中学校との統合(現旭ヶ丘中学校)により廃校となる。統合には地区内の賛否両派が対立した。南北校舎と体育館が残る。体育館は市の社会体育施設として活用。38年間の卒業生は3,515人となる。
平成13年
(2001)
大雪により深夜に体育館が倒壊する。人的被害がなかったのが幸いであるが、現在まで再建されず不便をきたしている。
自治会を中心に杵原広場の整備・活用の検討に着手する。
平成17年
(2005)
杵原学校応援団設立、校舎と周囲を整備し利用活動を開始する。大勢の地区民の参加があり関心が高まる。
12月に国登録有形文化財に指定される。
平成21年
(2009)
平成21年3月に地区民の念願であった校舎の大規模改修と多目的ホールが完成する。

平成21年4月より、杵原広場施設を山本地域づくり委員会が指定管理者となり、施設管理や施設を活用した事業運営を行う。